しら月堂のいろ鳥どり

脳内整理と断捨離のため、徒然に

遺書を書くという課題

課題の遺書について

まだ完成していない
 
ふわっとかけるものなのか
数日寝かせてみたけど
答えが出なかったので
ここはGoogle先生に聞いてみる。
 
…どうやら
遺書とは
自ら死ぬことを前提に
書くもののようだ
 
私にまだ、死ぬ予定はない
 
突発的に死ぬという
誰でも持ちうる可能性によってしか
自分の死は考えられない
 
今日、たまたま餅を喉に詰まらせて死ぬかもしれない
餅でなくても
詰まらせなくても、
誰でもあっという間に
死ぬかもしれない、
 
そんな平等な条件下で
遺書を考えてみる
 
私が大切な人へ宛てて書くなら
私が消えてなお、
その人が健やかに、幸せに、その人らしく、
その人の人生を全うしてほしいと思う
 
願わくば悔いなく
そして願わくば、私が存在していたことを喜んでもらえたら。
 
私の存在が、その人らしさを力付けるようなものであったら。
 
言うことないのかもなぁ。
 
それとそれと、
一緒に過ごした思い出でいつまでたっても思い出し笑いができるようだったらなぁ!
 
少し書く方向性が見つけられたかも?
 
 
2018.08.05加筆
 
遺書を書くとき、
今現在やり残していることが何か、はっきりさせる意味合いがあると思う。
 
今、何に注力すべきか
忘れたくないと奥底で思っていること
それらにスポットライトを当てて
現時点で悔いなく生きられるように
そのために書く
 
遺書は目標やゴールと近い意味合いかもしれないと思う
 
死んだ後のコントロールなんて出来ないし、実際自分には要らないもんね。
 
あぁでも、唯一の例外は
自分より長生きするかもしれない大切な存在に対しては意思を残したい気がするな。
例えば、ペットのこととかね。
 
自分が思いがけず死んだあとも、どうか幸せでありますように、と保護が必要な存在、自分の力だけでは生きにくい存在に対しては、もはや願うしかない。
 
その命が果てるときまで、どうか幸せでありますように。
 
 
…その上での理想が
やはり、価値ある生だったと思ってもらえるような生き方、死に方、なのかなぁ…
 
それがイチ歯車としての人間の生き様、存在理由なのかなぁ。