しら月堂のいろ鳥どり

脳内整理と断捨離のため、徒然に

お迎え

ごきげんよう

いろ鳥どり、しら月堂です。

 

雨降りの、駅からの帰り道は

傘で片手がふさがり、
今日みたいに小寒くてストールなどを羽織っていて、
風の強い日などは残りの手まで塞がってしまう。
 
両の手をグーにして、片方は傘の柄、もう片方はストールを胸の前で掴み、足早に家路に着く。
 
 
駅の敷地を出てすぐの交差点の手前では迎えを待つ高校生のすがたと、サラリーマンの姿が何人か、ふりしきる雨を避けた軒下で待っている。
いつもは余裕で歩いて帰る道のりかもしれない。
 
学生時代、私も容赦なく父を迎えに呼んでいたことを思い出す。すでに親元を離れて暮らす同級生に、いいな、と羨ましがられたことも、一緒に思い出した。
 
その時の、その同級生の言葉が、今なら昔より、よくわかるような気がする。
大変な迷惑だろう、と、親はすごいな、優しいな、とその時は少し気の毒に思っていたけど、これまた歳を取ると、迎えにいって世話を焼くのも、親の楽しみだったかもしれないと思う。
好きな酒を遅くまで我慢して待っていてくれた父。まるでお預けをされている犬らのようではないか!
それでも、割と楽しんでいたかもしれない。酒は帰ってきてから、もしくは明日飲めば良い、と。
 
家までの道すがら、
ふと、一人暮らしを始めてから20年ちかく、駅近くの家には住む機会が得られなかったと思い至る。
 
駅からの遠い道程を嫌って、過去の物件も探したのだが
その他の駅からの距離よりももっと重要視された幾つかの条件によって、クリアできなかった。
 
それでもまぁ、今の家に関してはそれでもいい。20分ほどの徒歩の道が、どっしり外の気に弱りきった身体をじわじわと癒してくれる。
 
途中の公園には大きな幹から四方に枝を広げた木々が迎えてくれるし、
どこの家でも立派な植木や花々を植えていて、それらに見送られながらの家路である。
 
雨降りでは月も星も見えないが、
雨が爽やかな風を運んで来てくれる。
 
ひと雨ずつ、夏を運んでくる柔らかくて力強い雨だ。
 
 

それでは、この辺で。

ごきげんよう