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しら月堂のいろどりみどり

大好きな鳥と色のこと他、色々の気になるネタを選り取りみどり書いてみます☆

鳥について

自分ごと
ごきげんよう。
いろどりみどり、しら月堂です。
 
今更ながら「私にとっての鳥とはなんぞや?」を定義するにあたり、このところ思い出した昔の事や、今に至るまであったことなどをつれづれと書いてみます。
 
さて、私が絵を描かなくなったのはいつごろからだろう?について考えてみたところ、どうやら日常が「忙しい」に占拠されるようになった頃がヒントになりそうだ、という思いに至りました。
 
多くの子供と同じように、私も子供の時分は絵を描くのが好きで、画材はもっぱら飼っていた鳥で、何度も何度も似たような絵を描いていたように記憶しています。
それから大きくなってからも絵を描くこと自体はしばらく続けていて、趣味で漫画を描いたり、部活動で油絵を描いたりと比較的長い間続いていたと思います。
 
それがいつからぱったり描かなくなったのか・・・
年齢を重ねるにつれ、次から次と現れる好奇心を刺激するものたちに飛びついてきて、
日々発生するようになった義務や責任感などに追われもし、
 
目的なくただ絵を描く、描きたいから描く、という行為は次第に傍へ追いやられてしまっていたのだなあ、と今にしてみれば思います。
 
こんなことを今更思い出すのも
「描く意味のない絵」を描く代わりに、せめてもの自分の表現として書いていた「自分だけの文章(日記とか)」ですら、いつしか書かなくなっていて、
日常に追われてもう何年も突っ走ってきた自分とある時ふと、客観的に向かい合った時に、いつの間にかヨロヨロぼろぼろ、死んだ魚の目になっている自分の姿に気付いてしまったからです。
 
・・・このままだとヤバい。今のうちにちゃんと自分を取り戻さなければ。
この先何年生きるかわからないけど、長生きしたらこの先こんなふぬけな状態では我ながらいたたまれなくなって、きっと生き続けていかれない。もっとイキイキと生きる力をつけなければ!!!
 
そうやって、始めは微かだった「自分を取り戻したい」欲求が、次第に見過ごせない大きさにまで育ってきたからだと思います。
 
 
そこで改めて「○○しなければならない」と「忙しい」をもう一度傍に追いやって、
何をしたいかな、何をしているのが幸せかな、とたぐり寄せてみて、その答えを見つけるときにヒントになりそうなことが、
今ほどまだ、「忙しい」に占拠されていなかった子供の時分に無心に取り組んでいた事、ただ楽しくて見返りを求めず自分の満足感だけのためにやっていた事の中に隠れているんじゃないかと思って、それが私にとっては絵だったことに気づいたのです。
それは「鳥の絵」でした。
 
小学生のころ飼っていた鳥達のなかに、おなかが水色で背中が白い、ハルクインと呼ばれる種類のセキセイインコがいて、画材としてはこの鳥ほど当時の私の絵心を刺激する存在はいませんでした。この鳥のお腹をクレヨンで滑らかに表現するのが描くポイントで、指を使って流れる毛並みを表現したり、当時なりの工夫をして描いていました。
カレンダーの裏紙、それも厚めのざらざらした紙を選んで、何枚も何枚も得意になって描いたものです。飼っているかわいい綺麗な小鳥を想いながら描く絵は格別だったのでしょう。
 
それから何年も経ち、これまでの自分を振り返ってみると、
子供の頃から、16年にもわたり兄弟のように長く一緒に暮らした最後のインコを亡くして以来というもの、それほどべったり可愛がった鳥の存在はなかったけれど、
会社の行き帰りで見かける野鳥や、時折のぞくペットショップの鳥たちや、SNSやWebで見かける鳥たち、それらは私をいくつになっても惹き付けてやまない存在でした。
 
年月を経てみて、これまで私にとって鳥は、どんなに忙しくても、いくつになっても、無条件にふっと心を和ませてくれる存在であり、それは昔も今も変わっていないことがわかりました。
そんな様子を見て、今の家に越すタイミングでまた、再び鳥を飼う機会を家人によって得られ、3年前から晴れてまたインコたちと暮らす生活が始まったのです。
 
私はいま、このインコたちから、無条件に楽しいという気持ちや幸せ感の存在を思い出させてもらいました。これからはもう、死んだ魚の目ともオサラバです。
 
そして、今のインコ達と家族になってからも4年目に入り、今年私は、この活力を日常生活にももっともっと延長していくことに決めました。
 
私にとっての鳥って、そんな感じで、頼もしい幸せなエネルギー源です。
 
もしも自分が日常に追われて死んだ魚の眼になってることに気づいたら(かつての私みたいに・・・)、
こんな風に無条件に好きだった事、やってしまう事を思い出してみるとヒントが見つかるんじゃないかと思います。
 
結論:
私にとっての「鳥」とは。=無条件に効く、「エネルギー源」!
 
「私にとっての鳥」みたいに、
どなたにとってのどんなエネルギー源も、ピカピカと輝く世の中に、全体がなっていくといいなと思います。
 
それではごきげんよう♪