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しら月堂のいろどりみどり

大好きな鳥と色のこと他、色々の気になるネタを選り取りみどり書いてみます☆

それぞれの生き様

ごきげんよう。
いろどりみどり、しら月堂です。

 

おじいちゃんの誕生日だった日に、昔お世話になった方が亡くなった、という、訃報を受け取る。

 

なぜだか、

昔の朝ドラで、マッサンを見ていて

お世話になった鴨居商店の一人息子が亡くなったという知らせを受ける回を見たその日に。

なんだろう、こういうのもシンクロするのかな?

 

 

薄々とそうなのかもな、って思ってはいたけど

余計なエネルギーは送らないようにしよう、と私自身としては決めていた人。

 

いろいろ、教えてもらった人。

再受講、いつでもオッケーよ、と言ってくれてた先生だったけど

簡単には会えなくなってしまったな。

或いは、エネルギー体の方が、意識を向けた時の学びは大きくなるのだろうか?よりダイレクトになるかも?

 

 

死というものが

この世で活動するための肉体という容れ物の範囲、限界を超えてしまって

魂がまた元の場所へ戻っていくことだと

頭では理解していても

肉体を失うショックの大きさについて考えてしまう。

 

より近しい人になればなるほど

拒絶してしまうような痛みではないかと思う。

 

ここ数年で

立て続けに大切な人々を失い、追いかけるように帰って行った人。

 

どれだけの学びと満足感を得て、帰っていったのだろうか、と思う。

 

それから、

彼女が発する自信たっぷりの強い言葉と、実際は違かったのだろうか?とも考える。

 

執着なく未知なる世界へ飛び込めるところが憧れるところだったけど、

実は見えないところで現実の物質社会へ執着はしていたのかもしれない、と思う。

 

執着しまくりの人間くさい一面もあったかもと思うと、聖人君子じゃなかったんだなと思えて、微笑ましい気もする。

 

人間は

振り幅が大きくなってしまう時があるのだろうな、と共感してしまう。

 

さて、ダウンな時もアッパーな時もあっていいとして、

私の人生をどんな風に創めますか?

…って、また問われてる感じ。

 

この頃はホロスコープの理解もそんな感じになってきた。

良くも悪くも、自分が持っている星のキーワード、テーマに反応するから、何に反応したいかどんな風になるか好きに選んでいいよ、私が舵取りできるよってことなんだな、って。

 

まだ、

今のこの肉体と生き続けている私は、どんな風に「より良く」「私らしく」「何にウキウキしながら」生きてくんだろうか?

 

毎日、毎瞬毎瞬を、

ハッピーを意図して、望む人生を引き寄せて生きようと思う。

 

「ハッピー」の名は、私の弟分だったインコの名前でもあり。

気さくで愛嬌のあったあの子みたいに、

自分に正直に、好きなものを好きと主張しながら、真面目に精一杯生きよう。

 

来月のドイツもめっちゃワクワクして向かおう!

ドイツに住んでいた、恩師にもサポートしてもらっちゃおう♡

 


それでは、そろそろこのあたりで。
どうぞ、どなたも、今日の終わりまで良い一日を!

ごきげんよう☆