しら月堂のいろ鳥どり

脳内整理と断捨離のため、徒然に

生きる、と死ぬ

ごきげんよう

 

今年は、というか

去年あたりから、「死」を意識させられることが多い。

 

誰かの大事な人や動物が亡くなったり

 

わかっていても遣る瀬無い気になるようなことが起こることを

 

実際に自分の身に起こったらどうだろうかと

シミュレーションしてみようとしてやっぱり辛くてできなくて

 

考えることを先延ばしにする、その繰り返し。

 

 

病気になったり

不具合が増えたりしても

現実とこれからの未来を憂えたりする

 

けど

今は目の前の現実しかない

 

現実が辛ければ

その現実に立ち向かったり折れたりしながらどうにかその現実をやり過ごす、

それしかできない。

 

優しい現実は

感謝して味わう以外に必要だろうか?

優しい幸せな現実に、あえてまだ見ぬ、存在しないかもしれない辛い現実を思い浮かべて苦しむのは・・・?

 

だらだらせず、しっかり現実を味わい、感謝し目の前の生活に邁進する、

本当に人生はそれだけなんだろうと思う。

 

鳥達におやすみカバーをかける時、

今日も楽しかったね、今日も可愛い姿をありがとう、また明日も遊ぼうね!

と声をかけるルーチンを、本当に幸せな繰り返しだと思いながらやっている。

 

好きな人たちと接する時、別れる時も、

そんな風に毎回悔いなく接したいと思う。

 

悔いなく接してなお悔いが残るのが、常なんだろうけど。

これって欲なのかな〜

 

そんなわけで、

老いや死に立ち向かう本を何冊か買ったりしたけど

積ん読してる今日この頃。

 

何か気がかりがあるならきっと、エネルギー漏れ起こすから

早く読んでしまった方がいいのだろうね!

 

そんな色いろ鳥どりでした。

 

ごきげんよう、さようなら^^