しら月堂のいろ鳥どり

脳内整理と断捨離のため、徒然に

行きたいところ

ごきげんよう

 

先日新聞で、ケロッグの社長さんだったと思ったけど、

毎年違う外国に行くことを目標にしてる方の話を読んで、素敵だなぁ〜と思った。
最近の悩みは、行く対象国が減ってきたことだそう。
 
なかなか毎年、外国に、しかも行ったことのない国に行こうとすると難しくなってくるのかな、と思うけど、初めの数年はチャレンジ出来そう。
私もこれから、出来る限りいろいろな国に行ってみたい!
 
☆行ってみたい国。
ギリシャ(白亜の建物と真っ青な海を是非、堪能してみたい!)、
オーストラリア(コアラ抱っこしてみたい!ペンギンのナイトウォークとか、カンガルーとか現地で動物三昧してみたい!)、
オーストリア(オーケストラとか、音楽家の街を堪能してみたい!)、
ノルウェー(一度はオーロラ見てみたい!)、
ニュージーランド(本場でオールブラックス見てみたい!)、
スペイン(ベタなサグラダファミリアと、スローな音楽、ダリの街を見てみたい!)、
ポルトガル(港町と路面電車、タイルとか、あとポルトワインを楽しみたい!)、
オランダ(オレンジの街を見てみたい!)、
スウェーデン(北欧オシャレ旅をしてみたい!)、
カナダ(アグリカルチャー旅をしてみたい!田舎で馬に乗りたい!)、
 
…まだまだ、行ける先がたっぷりある!
私のミーハー熱を満たしてくれる旅、やっぱり、いいなぁ。
 
なかなか毎年海外へ、っていうのも予算的に難しいかもだから、2年にいっぺんくらいは行けるといいなぁ。
 
旅のいいところは、
日常の当たり前になっている感覚をリフレッシュしてくれるところ。
 
海外は特に、常識をひっくり返してくれるくらいのパワーがあって、その感覚がすごくいい!
空も空気も街も人も違うから!
 
この楽しさ、新鮮さを知ってからというもの、もっと若い頃から旅に親しんでおけばよかったと思う。
 
海外に初めて行ったのが大学の卒業旅行でハワイ!
この時もベタでカラッと楽しかった〜(^^)
 
…けど、ホントもっと行っておけばよかったなぁと思う。
 
大学時代にもっとディープな海外旅行に行けていたら!
私の人生、もっと変わっていたのだろうなぁ〜と、思う。
 
これからのわくわく人生を期待しようかな!
 
行きたいこと、やりたいことって、
書き出しておくとわりと叶うな、ということをこれまで実感しているので、
 
叶ってるだろうことを予測してここに書いときます♪
 
わー楽しみ♪

 

 

準備の間の高揚感と、祭りのあと

ごきげんよう

 

あっという間に終わってしまったゴールデンウイーク旅行。

今年の旅では、念願だった熊野詣でが出来て、大満足。
しかも、両親と一緒に行けて、これまた記憶も思い出も倍になって幸せ。
 
イタリア旅行に、両親と一緒に行ってからというもの、
旅は親と一緒に行くと、なんだか思い出が増えて幸せな気がする。
すっかり味をしめて、以来何度か旅行に誘っている。
 
今回も、山歩きの準備までしてもらって、一緒に行ってきた。
山歩きが行程に含まれると、着替えだの装備だの、準備に負荷がかかるので、頭も使う。
背負えるだけの重量にしなければならない。現地で調達できるものは現地で調達、山へ持って行って楽しい装備(お茶の準備とか、行動食とか)も忘れずに。
 
なるべくかさばらず軽いもの、しかも機能的なもの。自分に何が必要で何が無くても平気か、普段からわかっているかどうかが試される。
 
前半は天気に恵まれ、というか恵まれ過ぎて暑すぎて、
後半はあいにくのパラパラ雨振りだったんだけど、それも気温が下がっていい塩梅で、
天気予報も自分の予測も、現実は起こってみないとやっぱりわからない、と思った。
 
今回の場合、
急な階段で杖を使う必要があったから、カッパは軽くするために置いてきたけど
あった方が不安定な傘を使うより良かったかも?なんて反省もあった。
 
最終的に、怪我なく、病気なく、
行きたい場所、食べたいもの、経験したい事がクリア出来て幸せな旅だった。
 
また、新しいところに行きたくなった。
 
終わらせて、次。
終わらせると、また次を考えたくなる(^^)
 
行きたい、やりたい、もそうだなと思った。
 
いつまでも達成出来ずにリストに死蔵させてるものは、
本当にやりたい事なのか、根本を問うてみるのも悪くないかも。
 
本当にやりたい事だったら是非早めに取り組んで、終わらせて、また次へ。
終わらせると、また次のリストに取り組めるようになる。
 
お楽しみの後はぜひ反省会までやっておくと、次の旅が充実すること請け合い!
  
旅はその最中だけでなく、その前後もとっても楽しいもの♪
 

 

ここにはもういない

昨日は、大事な人のお通夜で、

寂しくて、懐かしくて、あったかくて、嘘みたいで、
もう、どうしようもない日でした。
 
冷たい雨がざんざん降って
ああ、地に返って、
もう新しく生まれ変わる手続きに入っているのだな、ということを、
今世の終わりを、すっかり周りに納得させるような雨の夜でした。
 
今世の終わり、と言っても、普通は今世しか体感できないので、生身の人間としてはもう、お会い出来ないのでしょう。
 
 
いつものピカピカの笑顔の写真で迎えてくれて、
お顔もしっかりしていて、
そばに立つ優しいお顔の奥様が、
こっちからもみてあげて。いい男だから!
って声をかけてくださって。
 
本当に、幾つになってもいい男。
そして、奥様にそう言わせる素敵な方!
 
三日前まで、ご飯を楽しみにしていてね。
ってお話も、
なんだか、らしくって、
未だに嘘みたいで。
 
斎場に入る列に並んでいて、
 
何してるの、ヘぇーっ葬式?おれの?
本当?
ふーん、そうなの。
来てくれたの。
 
って声をかけられた気になったり、
 
式はもういいよ、
お酒飲めないけどビール一口!
 
って声も聞こえてきそうだったり、
 
もうこの身体(容れ物)、
もたなくなっちゃったから、移動したんだよ、
 
って、ちょっとつまらなそうに、一緒になってお顔を見てるような気がしたり、
 
ちょっとは悲しまれたいかもしれないけど、それでももう、本人は悲しんではいない感じがしました。
 
 
素敵な人なんです。
 
仕事ができて、
遊びも真剣で、
大らかな人柄で誰でも受け入れてくれて、
愛情があって。
 
太く力強くしなやかな、かっこいい方です。
 
これからは生き続ける場所が
私にとっては記憶の中になりますが、今も大好きです。
 
場所を変えても、
美味しいものをたくさん食べて
美しいものをいっぱい見て、
ずっとずっと幸せであることを
私は信じてます。
 
出会いをありがとうございます、これからも大好きです。
 
 
 
 

なんでこんなに

揺さぶられるのだろう。

 
この頃は
重大事件みたいな出来事ばかり。
 
後悔したり
反省したり
落ち込んだり
奮い立たせたり
忙しい日々が続く。
 
昔大変お世話になった、大好きな方の訃報を聞き
生きていることについて
いま自分が出来ることについて、改めて思いを馳せている。
 
 
いつか私も死ぬ。
 
私にとってかけがえのない人もまた、いつか死ぬだろう。
今日の日の連絡のように。
 
レイヤーが変わってしまって
生きる場所が変わってしまっただけなのだとしても
なんとも寂しい…
 
私より私の大好きな人たちが先に亡くなったって
その逆だって
どっちも当たり前、普通の出来事。
 
どんな風に生きたとしても
私は後悔するんじゃないかと思う。
 
それでも、なるべく多くの幸福感と、
なるべくやりきったと思えるように
目の前を歩みたい。
 
願わくば、関わった方のどの人も同じように達成感を味わって、
満ち足りていてほしい。
 
消えた後も、消える前も。
 
 
出会えたことに感謝します。
どうぞこの終わりの時も、満ち足りていますように。
 
 
 

みなさんのおかげ

どんなに一人で生きていけると威張ってみても

誰かに助けられない日はない。
 
こんなに便利な日本にいたら、
蛇口をひねらない日はないし、
トイレに行かない日もない。
電気をつけない日もない。
窓を開けない日もない。
 
動物として生きるために必要なすべてのものが与えられて 
しかもあたかも自分が一人で手に入れた、みたいにして我が物顔で使える。
 
美味しいごはん、安心して寝られるお家、幸せな家族、水も飲めるし、日向ぼっこもできるし、
ありがたい毎日。
 
この、社会を回す歯車としては、
自分の能力を最大限発揮できるようなことは何だろうか?

多階層世界(マイナスな見方をする場合)

いま、自分が見ている世界が

実はいまの自分にしか見えていない世界で
自分があえて選んでこの世界を見ているのだとしたら
なぜ今この世界を選んでいるのだろう?
と思う。
 
もはや逃げ場のない、他に選びようがあるだろう、と思ってしまうような
ひどい世界。
 
はじかれて、
私の周りから消えていった人たち。
 
違う層を選んで無くなっていった環境。
建物。
街。
 
私のいまの年齢から見る世の中。
 
違う層を選んで生きてもいいのだ、
もしも望むのなら。
 
そう思い始めて
レイヤーの切れ目つなぎ目を探している最中。
 
そんなものが果たして存在しているのか、半信半疑でいて
でもきっとある、というカンの元に
もがくような毎日。